へそ曲がりの禁煙 – 第二伏線 - 社会悪

 喫煙に対する社会的コンセンサスが速いスピードで変わっているとも感じていた。

  私が吸い始めたころは、一応禁煙スペースという空間が申し訳なさそうに存在してはいたが、実態はどこでも喫煙はOKだった。それは喫煙人口にも表れていた。社会に出て働き始めても、職場の机には灰皿があり、会議室や応接室も当然喫煙スペースであった。

  しかし、徐々に変わってきた。 まずは、外資系のオフィスでは分煙がはじまっり、職場の机から灰皿が消え、喫煙ルームが誕生した。喫煙時には喫煙室というたばこを吸うためのオリにいれらるようであまり気分のいいものではなかったが、喫煙室がみるみる黄色くなっていく様をみて屋内では必要であることを痛感していった。

  やがて、日本の企業でも若い会社から順に分煙が始まり、このころには公共の場でもあたりまえになった。しかし、がんとして姿勢を変えない旧来の老舗企業もあった。お茶くみがある企業である。変えられない企業体質ってものがあることを感じ取った。(どちらかというと変化に気づかない・・・)

  分煙もいろいろと進化していくなかで、気がつくと分煙が禁煙になっていた。 灰皿があるところが喫煙場所であったが、灰皿があるところから先は禁煙になった。つまり、ビルがまるごと禁煙になり吸うなら外でという分煙である。これも結構なスピードで普及していった。新しいビルに入る企業ではほとんどがそうなった。

 一方で公共機関や医療機関などは依然ビル内での分煙であった。民間のスペースがどんどん分煙から禁煙になっていく中で、公共機関や医療機関の施設でも禁煙になっていった。これらの施設はいろいろな人(常識の枠ではかれないような人を含む)が出入りするので難しいことは理解できるが、決断の問題だと感じた。

  そして今年、屋外禁煙がはじまった。駅での禁煙である。

  かつて、屋外での禁煙は火気とゴミの問題であり、喫煙家も十分理解できた。室内の禁煙は、黄色い壁を見れば人と設備に対する配慮であると喫煙家も理解できた。駅での禁煙は、法に基づく屋外副流煙の問題である。

 屋外での副流煙による禁煙を求められたのと同じころ、法律によりたばこのパッケージに「肺癌」や「脳卒中」の警告を義務付けられることを知った。

 社会は、喫煙を社会悪として排除するために強い意志を持ったことを感じた。

一方で、年齢から来る体の変化にもゆっくりじっくりと気づいていた。

これらのことが伏線としてあった。

<旧ホームページより転載 2003年7月綴>